2020年にコロナ禍、2022年プーチンのウクライナ侵攻などがあり、
海外旅行は行きたくなくなった。もっぱら国内旅行を楽しんでいる。
8月24日

3時に新函館北斗駅に着き、在来線でJR函館駅に着いたのは3時半。ホテルはJR函館駅の近く
である。写真は翌朝撮ったもの

歩道も非常に広い。函館は道路がどこへいっても広い。

夕食は、ベイエリアの雅家で新鮮な魚とジャガバターを食べた
8月25日

2日目函館駅前から循環バスに乗り、函館山ロープウエイ山麓駅まで行き、ロープウエイで
展望台へ行った

函館市全景が見える。写真の手前ベイエリアに飛鳥Vが停泊中。写真中央に小さく
五稜郭タワーと森が見える

函館山から見た五稜郭タワーと森

次に赤レンガ倉庫の運河から、湾内クルーズ船に乗った

昼食は自由市場へ行きうに丼を食べた。南三陸町で食べたうに丼の方が美味しかった

昼食後、ベイエリアの反対方向に1km程歩いたところの大森海岸へ行った
遠浅なので海水浴ができると思うが、誰も泳いでいなかった

大森町海岸から、十字街へ行く途中に高田屋嘉兵衛屋敷跡の碑と看板があった
高田屋嘉兵衛については司馬遼太郎の小説菜の花の沖に詳しい

十字街電停そばに北海道坂本龍馬記念館があった

土方歳三最後の宴の地跡もあった

ここは市電十字街駅
夕食は孫が食べたいスープカレーを求めて、宝来町電停近くの老舗の小池カレー店へ
行ったが、普通のカレーだった

夕食後、再び函館山へ夜景を見に行ったところ、外国人観光客がバスを連ねて
来ていて、満足に写真も撮れないほど混雑していたのには驚いた
8月26日

バスで五稜郭タワー前へ行き、すぐに五稜郭タワーに登った。天気予報は雨だったが、
雨は降らず時々陽がさした。上から見ると五稜郭の周りは住宅街だった

五稜郭の反対側はビジネスの中心街で、JR函館駅周辺よりオフィスが多い。この写真の
遠方に見えるJR函館駅付近のビルはみなホテルだった

2010年に復元された五稜郭奉行所

奉行所前から見た五稜郭タワー。江戸時代に植えられたと思われる松が至るところに
立っていた

五稜郭タワー前からバスで湯の川温泉と函館空港を通過して、トラピスチヌ修道院へ行った

修道院は清潔に整備されていた

トラピスチヌ修道院の近くに市民の森公園があった
バスでJR函館駅に戻り、昼食は駅の近くの孫が希望するスープカレーの店で食べた
大変美味しかった。午後は赤レンガ倉庫街に行き買物をした

ベイエリアに建つ新島襄の銅像と同行した孫である。1864年新島襄がここからアメリカ商船
ベルリン号に乗って出国したそうである。この話は今回の旅行で初めて知った。1864年と
云えばまだ江戸時代で、この11年前吉田松陰が浦賀で同じことを試みて斬首されたのは有名
である

孫と八幡坂を登り函館西高前から、坂の下の道路を市電が通る瞬間を多くのカメラマンと
一緒に写した。写真の左に邪魔するように車が通過したが、誰も文句を云わなかったのは
紳士的と思った

元町公園から見た旧函館区公会堂。カラフルな建物と思った

元町公園から見た函館の街

五稜郭タワーも見えた

旧イギリス領事館
この日夕食は函館市民に人気の函太郎寿しで食べた。美味しかった
8月27日
最終日は、ホテルから観光タクシで大沼公園へ行った

大沼公園は、昔札幌で学会があったとき列車で通過したが、きれいなところと思った
実際来てみて大変美しいと感じた

遠方に駒ケ岳が見え始めた。この日も天気予報は雨だったが、駒ケ岳が見えたのは
幸運だった

大沼公園の絶景ポイント。新井満が名曲千の風になってを着想したところという

小型版松島のようにきれい

JR函館本線大沼公園駅も近い

大沼公園から新函館北斗駅に行く途中、函館にしかないハンバーガ屋ラッキーピエロで
孫は昼食を買った。我々夫婦はラッキーピエロの近くにある道の駅なないろななえ
(写真はない)でお土産を買った