2018年3月11日−3月23日

私はこれまでスペインへ行ったことがなかった。スペインバレンシア市の火祭りに加えて、
スペイン周遊の旅ができるので、ツアーに参加した。現在のスペインでは、若者の失業率が
30%と高いと聞いていたので暗いイメージを持っていたが、意外に明るく見どころがたく
さんあり楽しく旅することができた。

1.マドリッドとトレド

マドリッドではまずプラド美術館へ行った。世界5大名画の1つラスメニーナス(ベラスケス)
を見た。その他、裸のマヤ(ゴヤ)、カルロス4世の家族(ゴヤ)、砂にうもれる犬(ゴヤ)などを
見た。次女が新婚旅行でスペインに行ったとき、砂にうもれる犬の模写をお土産にくれた
ものを私の部屋に飾っているので、なつかしかった。

午後はアトーチャから3つ先のプエルタデルソルへ行った。ここはマドリッドの中心で人気
のクマとやまももの銅像があった。ここには日本の日本橋のようなスペインの起点となる
標識もあった。

途中チョコラッテリアヒネスでシュロスを食べてから、この写真のマイヨール広場へ行った。
その後近くのサンミゲル市場でピンチョス、タパス、タコのグリルなどの昼食を摂った。
夕刻、ソフィア王妃芸術センタへ行き、ピカソのゲルニカを見た

3日目マドリッドからバスでトレドへ行った。トレドは三方をタホ川に囲まれ、一方は断崖
なので城塞に適していた。579年に西ゴート王国が、トレドを首都に定めた。1561年、
ハプスブルグ王朝がマドリッドに首都を移すまで、トレドはスペインの首都だった。

トレドを囲むタホ川の対岸にあるパラドールで昼食を食べた。パラドールのバルコニから
トレドの街の全景が見える。この写真にはないが、右の方にアルカサル(王城)がある。

トレドを囲むタホ川が見える

トレド大聖堂の裏面

トレド大聖堂内部の礼拝堂正面。聖書を読めない民衆のために、聖書に書かれたキリスト
の生涯を彫刻で表している。この後、サントトメ教会へ行き、世界3大絵画といわれる
オルガス伯爵の埋葬(エルグレコ)を見たのは収穫だった

2.アンダルシア州

スペインの新幹線AVでマドリッドのアトーチャ駅からコルドバへいった。
時速260kmまで出た

コルドバのユダヤ人街の狭い道を歩いた。ここはユダヤ人の住まいの中庭

コルドバにあるメスキータの内部。711年、スペインはウマイヤ朝というイスラム国家に支配
され、モスクが建てられた。1492年に再びキリスト教国家になったが、モスクは壊さず、
モスクと教会が混交した教会が、この写真である。左方がモスク風、右方が教会風である

1929年のセヴィリア万博の会場跡であるセヴィリアのスペイン広場へ行った。ハリウッド
映画のロケ地になっているという

この写真はセヴィリアのアルカサルの中庭である。14世紀にカスティーリャ王国のペドロ
1世が、イスラム時代の宮殿をアルハンブラ宮殿のまねをして改造させたものであるという

建物も美しかったが、庭園はもっと美しかった

この写真はセヴィリア大聖堂。スペイン最大の大聖堂である。後ほど右方に見える高い塔
ヒラルダの塔に登った

セヴィリア大聖堂4人の王に担がれたコロンブスの棺があった。コロンブスの遺言で西
インド諸島のどこかに埋葬された棺を、西インド諸島がスペイン領でなくなったのを
機会にスペインに持ち帰り、ここに埋葬した

ヒラルダの塔の上から見たセヴィリア大聖堂である。なるほどサグラダファミリアより大きい

主祭壇は古くて写真映りが悪かったが、新しい祭壇は美しかった

セヴィリアからグラナダへ行く途中崖の上にある白い村ロンダへ行き昼食を食べた。
写真の上の方に多くの観光客がいる

もう1つの崖の上の街ミハスに立ち寄った。旧市街の道は狭いが車は通る

アルハンブラ宮殿は大きいが外観はあまり立派ではない。しかし、1492年イサベラ女王が
イスラムの砦であるアルハンブラ宮殿を陥落させてとき、イスラムのモスクの内部装飾が
大変美しいので残すと決断し、現在に続いている。この写真は王宮部分のコマレスの塔に
ある大使の間の入口を、中庭から撮ったものである。コロンブスはイサベラ女王にこの
大使の間で地球反対まわりの航海に出資をお願いし、許されたところと言われている

この写真は内部のイスラム装飾が比較的きれいに撮れている

これはヘネラリヘ庭園である。アンダルシアは冬は寒く夏は暑いので、イスラムの王は
少し高いところに風通しのよい建物を建てて、夏はここに住んだ。水をふんだんに使った
ので、タレガがギター曲アルハンブラの思い出を作曲したときこの水の流れを歌っている

大きなアルハンブラ宮殿は5つの部分から成り立っているが、今回は王宮とヘネラリヘ
庭園をみた。この写真はアルハンブラ宮殿の西側の部分であるアルカサバの途中から
見たベラの塔である。ベラの塔からの眺望はいいらしい

グラナダからバスでバレンシアへ行く途中多くのアーモンドの木が花を咲かせていた。
バスが高速で走っているので、フォーカスが合わない

3.バレンシアとバルセロナ

バレンシア週のアリカンテという海辺の町で昼食を食べた

バレンシアの駅前は祭りの見物客でごったがえしている

火祭りの前日に聖母マルア様にお花を捧げる献花行列を見た。多数の女性がお花をもって
行列していた

子供たちも着飾って参加している

ファージャ博物館へ行った。その年に作られたファージャはすべて火祭りの日に
燃やされるが、歴代1位のファージャの1部はこの博物館に展示されている。いずれも
傑作揃いだが、このファージャは、スペイン人が日本と中国のちがいを十分理解して
いないと感じるものである。

案内してくれたラモンさんのファージャは今年6位に入賞した

ラモンさんのファージャの反対側はトランプと北の将軍様のロケット競争が皮肉られている

自由時間にバルセロナの街を歩いていると人だかりしていたので立ち止まった。すると
民族衣装を着た若い女性が爆竹に点火した。大音響で連続5分間爆竹が鳴らされ、耳を
ふさがざるを得なかった

爆竹が終わった後、爆竹会場の近くのこのバルで、エスカルゴ、いわしのマリネ、豚肉、
コロッケでワインを飲みながら昼食を食べた。二人で合計13.5ユーロだった

この旅行のクライマックス、このファージャに点火、大火焔。多くの花火とともに焼き上げた

バルセロナに着きまずモンジュイックの丘へ行った。この写真はモンジュイック丘から見た バルセロナのスペイン広場である。

次にサグラダファミリアへ行った。前面にキリスト誕生から成長過程の物語の彫刻があった

この写真は馬小屋か牛小屋で産まれたキリスト親子の彫刻でサグラダファミリア教会の名前を 象徴する彫刻である

内部は明るく伝統的な教会内部の色彩とは異なっていた

陽の光をふんだんに取り入れカラフルだった

この写真はバルセロナの王の広場。コロンブスが新大陸発見後スポンサのイサベラ女王に報告 したところである。アルハンブラ宮殿の大使の間は資金提供のお願いをしたところである

ガウディ設計の住宅、カーサバトリョの内部である

最後の自由時間にカーサバトリョからバルセロナサンツ駅までスペイン広場まわりで歩いた。 40分かかった。この写真はスペイン広場から、モンジュイックの丘方向を撮ったものである。

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