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私はこれまでスペインへ行ったことがなかった。スペインバレンシア市の火祭りに加えて、
1.マドリッドとトレド
マドリッドではまずプラド美術館へ行った。世界5大名画の1つラスメニーナス(ベラスケス)
午後はアトーチャから3つ先のプエルタデルソルへ行った。ここはマドリッドの中心で人気
途中チョコラッテリアヒネスでシュロスを食べてから、この写真のマイヨール広場へ行った。
3日目マドリッドからバスでトレドへ行った。トレドは三方をタホ川に囲まれ、一方は断崖
トレドを囲むタホ川の対岸にあるパラドールで昼食を食べた。パラドールのバルコニから
トレドを囲むタホ川が見える
トレド大聖堂の裏面
トレド大聖堂内部の礼拝堂正面。聖書を読めない民衆のために、聖書に書かれたキリスト
2.アンダルシア州
スペインの新幹線AVでマドリッドのアトーチャ駅からコルドバへいった。
コルドバのユダヤ人街の狭い道を歩いた。ここはユダヤ人の住まいの中庭
コルドバにあるメスキータの内部。711年、スペインはウマイヤ朝というイスラム国家に支配
1929年のセヴィリア万博の会場跡であるセヴィリアのスペイン広場へ行った。ハリウッド
この写真はセヴィリアのアルカサルの中庭である。14世紀にカスティーリャ王国のペドロ
建物も美しかったが、庭園はもっと美しかった
この写真はセヴィリア大聖堂。スペイン最大の大聖堂である。後ほど右方に見える高い塔
セヴィリア大聖堂4人の王に担がれたコロンブスの棺があった。コロンブスの遺言で西
ヒラルダの塔の上から見たセヴィリア大聖堂である。なるほどサグラダファミリアより大きい
主祭壇は古くて写真映りが悪かったが、新しい祭壇は美しかった
セヴィリアからグラナダへ行く途中崖の上にある白い村ロンダへ行き昼食を食べた。
もう1つの崖の上の街ミハスに立ち寄った。旧市街の道は狭いが車は通る
アルハンブラ宮殿は大きいが外観はあまり立派ではない。しかし、1492年イサベラ女王が
この写真は内部のイスラム装飾が比較的きれいに撮れている
これはヘネラリヘ庭園である。アンダルシアは冬は寒く夏は暑いので、イスラムの王は
大きなアルハンブラ宮殿は5つの部分から成り立っているが、今回は王宮とヘネラリヘ
グラナダからバスでバレンシアへ行く途中多くのアーモンドの木が花を咲かせていた。
3.バレンシアとバルセロナ
バレンシア週のアリカンテという海辺の町で昼食を食べた
バレンシアの駅前は祭りの見物客でごったがえしている
火祭りの前日に聖母マルア様にお花を捧げる献花行列を見た。多数の女性がお花をもって
子供たちも着飾って参加している
ファージャ博物館へ行った。その年に作られたファージャはすべて火祭りの日に
案内してくれたラモンさんのファージャは今年6位に入賞した
ラモンさんのファージャの反対側はトランプと北の将軍様のロケット競争が皮肉られている
自由時間にバルセロナの街を歩いていると人だかりしていたので立ち止まった。すると
爆竹が終わった後、爆竹会場の近くのこのバルで、エスカルゴ、いわしのマリネ、豚肉、
この旅行のクライマックス、このファージャに点火、大火焔。多くの花火とともに焼き上げた
バルセロナに着きまずモンジュイックの丘へ行った。この写真はモンジュイック丘から見た バルセロナのスペイン広場である。
次にサグラダファミリアへ行った。前面にキリスト誕生から成長過程の物語の彫刻があった
この写真は馬小屋か牛小屋で産まれたキリスト親子の彫刻でサグラダファミリア教会の名前を 象徴する彫刻である
内部は明るく伝統的な教会内部の色彩とは異なっていた
陽の光をふんだんに取り入れカラフルだった
この写真はバルセロナの王の広場。コロンブスが新大陸発見後スポンサのイサベラ女王に報告 したところである。アルハンブラ宮殿の大使の間は資金提供のお願いをしたところである
ガウディ設計の住宅、カーサバトリョの内部である
最後の自由時間にカーサバトリョからバルセロナサンツ駅までスペイン広場まわりで歩いた。 40分かかった。この写真はスペイン広場から、モンジュイックの丘方向を撮ったものである。
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