スロベニアのリュブリヤーナ、ブレッド湖、ポストイナ鍾乳洞
クロアチアのプリトヴィッツエ湖群、シーベニック、トロギール、スプリット、ドブロクニク、ザグレブ
モンテネグロのブドヴァ、コトル
☆スロベニア
スロベニアは、面積2万平方キロ(日本の四国位)に210万人の人が住んでいる。 スロベニアでは、リュブリヤーナの三本橋、ケーブルカーでリュブリヤーナ城、龍の橋、青空市場、 ブレッド湖、ポストイナ鍾乳洞などへ行った。

リュブリヤーナ市プレシェーレン広場近くの龍の橋のたもとにある龍の銅像

レストランから見た11世紀に建造されたブレッド城

湖面を行く手漕ぎボート、漕ぎ手は一人である。騒音と地球汚染防止のためという。 われわれもこのボートに乗り聖母被昇天教会という美しい教会へ行った

広い鍾乳洞なので中心部までトロッコで行った。自然の造形美が多数あったが撮影禁止だった
☆クロアチア
プリトヴィッツエ湖群は、石灰岩の山の中の156mの高低差に16個の湖が自然に形成された湖沼群で世界遺産に 指定されている美しい観光スポットである。

ヴェリキ滝の前で参加されたメンバの方々と一緒に

美しい水にうぐい、鱒、鯉などが泳いでいる

細い木道を通り美しい景色を楽しんだ

ヤコブ大聖堂は、木、レンガ、セメントを全く使わずに石だけで造られた教会としてはヨーロッパ最大である。 その理由で世界文化遺産に指定されている。

ブーゲンビリアが咲くバランというレストランの手長海老がこの旅行で一番美味しかった。

トロギールは、5世紀にできた都市国家である。15世紀に造られた聖ロブロ大聖堂の鐘楼の狭い階段を登り この写真を撮った。聖ロブロ大聖堂は世界遺産である。

デイオクレアヌス宮殿跡は世界遺産である。3世紀に造った宮殿なので石がぼろぼろになっている。しかし、必死に残そうと努力している。

中はベネチアのような商店街になり、多くの観光客が来ている。
クロアチアの首都で人口60万と聞いたきがする。トラムが行き交い65歳以上は国籍を問わず無料と聞き 3度利用した。ここでも聖母被昇天大聖堂内部を見学した。住宅地にある墓地、19世紀のケーブルカー乗車、 聖マルコ教会、石の門などを見学した。ドブロクニクほどの感動はなかったが、いい町だった。

イエラチッチ広場のイエラチッチの銅像
クルーズ ドブロクニクは、7世紀にできた城塞都市である。ヴェネチア共和国、オスマントルコの支配下で貿易でそれなりに繁栄した。 1667年の大地震で打撃を受け、ドブロクニク中心部は復興に努めたが、国力の回復は限定的であった。 1808年ナポレオンに征服され、第一次世界大戦後、セルビア人主導のユーゴスラビアに組み込まれた。 第ニ次世界大戦後、チトー大統領によりセルビア、チェコ、スロバキア、クロアチアなどを統治せれたが、 1980年チトーの死後、民族自我に意識の高まりと、1989年ベルリンの壁崩壊をきっかけとして内戦が 始まり、クロアチアは1992年に独立した。この独立戦争でドブロクニクは壊滅的に破壊され、現在は かなり復興したが、各所に弾痕など戦争の跡が残っている。

復興したドブロクニク旧市街とロクルム島。新しい旧市外の屋根は美しい。

アルジェンテイーナホテルの朝食レストランから、ドブロクニク旧市街、城壁、ブロチェ門、旧港、 レヴェリン要塞、ミンチェタ要塞が見える。

世界中から観光客が、大型客船、クルーザなどでドブロクニクへ来る。城壁が大混雑する。右手は ロクルム島。

周囲2kmの城壁から見たプラッツア通り、ドブロクニクのメインストリートである。

城壁から見たミンチェタ要塞と城壁に登る階段。

城壁から見た海水浴客。水がきれいで気持ち良さそう。

少ない砂浜には多くの海水浴客が泳いでいる。

スルジ山中腹から見たロクルム島。

12人乗りの遊覧船に乗ってロクルム島を一周した。島の反対側にヌーデイストビーチがあった。 ヌーデイストは少数派である。

ドブロクニク旧市街の城壁からスルジ山頂上を見る。ナポレオンが贈った白十字と最近開通したロープウエーの 終点が見える。
☆モンテネグロ
ドブロクニクの南60kmにある小さな国である。面積は13800平方キロ(福島県と同じ)、人口62万人で観光の国である。

ブドヴァは、紀元前3世紀から存在する城塞都市である。城塞の周囲は2kmでドブロクニクと同じである。

城壁から城塞内の旧市街の屋根と遠くに海水浴場が見える。赤いビーチパラソルはコカコーラである。

809年に建造された聖トリフォン大聖堂は2009年に大幅改造された。